久々に自然について考えました

自然

自然について考えてみた

こんにちは。自然とのふれあいを考えるsandです。
自然環境に関わる仕事をし始めてから15年ほど経過して、昔あった自然に対する意識が大きく変わってきたので、少しアウトプットをしておこうと思います。

自然のイメージ

みなさんは自然って聞いて、どんなイメージが湧きますか?
東京や大阪など、都会には無く、地方や田舎にはないものというイメージがありませんか?
かくいう私も東京の副都心で育った身で、当時は豊かな自然とはかけ離れた生活をしてきたと思っていました。
しかし、今思うと、子供の頃にも自然にはふれあってはいましたのでそのお話をしたいと思います。

そもそも自然ってなに?

自然ってざっくりしているけど、なんだろうと考えたことはありますか?
大きな山、きれいな海、砂漠や氷河などの景観、そこにいる野生生物、厳しい自然災害などを想像しますね。
コトバンクには以下のように定義されています。

コトバンクより引用
① (形動) 山、川、海、草木、動物、雨、風など、人の作為によらずに存在するものや現象。また、すこしも人為の加わらないこと。また、そのさま。それらを超越的存在としてとらえることもある。
② (形動) あることがらが、誰にも抵抗なく受け入れられるさま。また、行為・態度がわざとらしくないさま。
・・・と定義を言うとものすごく長いですが、大体①で想像がつくと思います。

「少しも人為が加わらないこと」が自然というのであれば、山には治山があり、川や海には護岸があり、おそらく大体の物が自然とは言えないと思います。

私達が触れ合っている自然って?

人為的に土をアスファルトで覆っても、森林を伐採して田畑を造成しても、草木は生育し、それらを利用する動物は生息します。
そんな二次的な自然を私達はアウトドアや生活などに利用しています。
このような自然であれば、どこにでもあったりします。
東京23区にもあれば、北海道の道東や沖縄の海の中にも。
問題はたくさんあり、珍しい生き物がいるわけではありませんが、私は東京の副都心で自然とふれあいをしてきたことに大人になって初めて気づきました。
なので一般的にいう「自然」というのは原生的な定義的な自然ではなく、ざっくりとした「人の作為によらずに存在するものや現象。」ということな気がします。

私の感じた地方と都会の自然観の違い

地方で感じたこと

10年ほど地方に住み、3年ほど山奥の集落に住んだことがあります。
そこで感じたのは、自然とはとても近いけど危険なものという認識があるようで、近くて遠い存在に感じました。
そのため、都会の人たちと同じ状況で、自然とのふれあい方を知らない人のほうが多くみられました。
子供というより、大人こそ虫が嫌いだとか、蛇が嫌いだとか、自然環境と背を向けあってしまっている事が多く、その大人に影響されるのが子供であって、イヌワシやツキノワグマなどが生息するとても自然が豊かな素晴らしいところに住んでいるにも関わらず、子供にその魅力さえも伝えることができないことが多くみられました。
また、砂防工事が行われ森林が破壊されるけど、まだまだ同様の自然はたくさんあるし、生きものの生育・生息環境はまだ確保されるという感じで・・。それを積み重ねると、地域的にいなくなってしまう生きものもいれば景観も失います。

都会で感じたこと

逆に都会の自然は目で見える通り、造成されたものがほとんどであり、空き家は多いのにその問題は棚上げして、森林を切り刻んで宅地開発をするという、業界を超えた問題がまだまだ多数存在します。
その分都会人は、少ない自然が壊されていく現状が目の前にあるので、自然に対する意識は高く感じました。
私は都会の公園にあるアリや外来種であるザリガニ、蛇などを捕まえて二次的な自然に触れ合っていました。怪我しない程度の自然が相手なので、気楽に触れ合えるのです。生きものだけではなく、あそこのビルに登ればきれいな富士山が見えるという子供ながらに富士山の姿に感銘を受けていたのも覚えています。

このように、地方も都会も、自然の規模に違いはあるものの、ふれあいという意味では大差はないと感じたのです。

現代人と自然のふれあい

自然を利用する

最近は昔に比べて遥かに自然との触れ合いがしやすくなっています。
特にアウトドアブームもあり、キャンプ、サーフィン、川下りなど、自然を愛する人も多いと思います。
もちろん、私も山でキャンプは好きですし、海でもサーフィンやダイビングをします。キャンプ地でのサッカー等のスポーツも大好きです。
そうやって人は自然を利用して余暇を過ごしたり、娯楽に利用したりします。

私の自然に対する行動

5年くらい前まで、高山帯で見た満点の星や山を彩る高山植物は今でも忘れられないくらい心が洗われ、山仲間とギターを弾いてよく歌ったものです。
しかしながら、その高山帯にも外来種問題が発生していました。
そこにいた我々は、こんなきれいな景色を失わせてはいけないと、外来種の除去部隊として立ち上がりました。(外来種は悪気があってそこにいるわけではないのですが・・)
そのように保全にかける心意気が芽生えるまでには、登山という自然を利用するという経路があったわけです。

自然を利用することは悪いことではない

自然を利用するのが悪いと言っているわけではありません。
私の仕事は野生生物の調査ですが、仕事場に生き物好きの人が多く、ある地域に生育・生息している生きもののデータを蓄積・研究発表をしているだけで保全がされると勘違いしている人がいますが、それはただ自然を利用しているだけであり、アクションを起こさねば保全もなにもありません。(生きものを採集して殺生している人の方が多いと思います)
むしろ私は自然を利用することの方が、自然を好きになり、大切に思う気持ちを育む、保全活動への関心の第一歩だと思っています。
サーファーが海の掃除をするのは、彼らが海を愛しているからですよね?
まずは自然とふれあう遊びから入ってみるのが、自然のためにできることの一歩目だと思います。

自然に飛び込んでみよう

自然に飛び込むって・・車も無いし、一人で行くのは危ないと思ったりしますよね。
もちろん、深い山に入ってキャンプや登山をしたり、海でダイビング、サーフィンなどをすることはいいことだと思います。
上にも書いた通り、都会でも自然と触れ合い、お金をかけずに自然の多様性を感じることができます。
・落ち葉を拾って、葉っぱの種類や色の多さを感じる。
・雑草を抜いて、洋服の染色をする。
・バードウォッチングをする。
 ・・・などなど。

そんなことをしていると散歩をするだけで、お金をかけずに宝物を探しをしている気分になります。
お台場に小さなフクロウ、タカやハヤブサの仲間がいたり、新宿にはタヌキが、自分の地元にもオオタカがいたりします。
そんな宝探しをしてみてはいかがでしょうか?

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